月下の孤獣 5
      



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ただ端正な風貌をしているというだけでなく、
広い背中や頼もしい肩など、若い青年なりの精悍さと、
知的で品があり、その上でどこかミステリアスな雰囲気をまとっているがため。
十代から熟年層にまで満遍なく“美形だ”と認知され、
視野に入っただけでまずは見惚れされそうな存在ながら、
入水などという突拍子もないことを日常の供連れにしているような不思議なイケメン様。
そんな太宰さんとの微妙なご縁があってのこと、
魔都ヨコハマの安寧な日々の保持に精励し、
異能者という物騒な火器を常備する裏社会からの脅威へも立ち向かえるよう、
やはり様々な異能を持つ方々で面子を固めておいでの薄暮の武装集団、
武装探偵社に迎えられて陽の当たる場所での生活を始めることとなった芥川青年。
彼もまた“羅生門”という戦闘系の異能の持ち主で、
かつては貧民街の禍狗、擂鉢街の狂犬と呼ばれていたものの、
何も自分から悪童を気取っていたわけじゃあない。
頼る親もない孤児として、妹と二人きり 幼い身を寄せ合って生きてく上で、
非情で非道な暴力に遭遇することへの抵抗として、
その身に宿った異能を駆使していただけの話だというに。
目くらましという防御、あるいは一時しのぎの飛び道具としてしか発動させなんだものが、
どんな暴力をもねじ伏せ切り返すと、何だか微妙な噂が独り歩きしていた感も強く。
抵抗を重ねる積み重ねで多少は攻撃力やら制御も身についたとはいえ、
本気で天下取りだの下克上だの構えていたわけじゃあなし、
だのに、目障りだと追われる身となってしまい、已む無く貧民街から出たような順番。
だったので、探偵社の社長の異能の庇護下に入り、何とか暴走しないようになった身でもあり、
そんな自分に、どういうわけだか
あのポートマフィアが略取の手を伸ばしてきたというのが不思議でならぬ。

 『まあ、キミが何かしでかしたことへの意趣返しとかいう話じゃあないらしいけどね。』

無理から掻っ攫う仕立てだったらしい罠、
依頼に見せかけて袋小路になっていた路地裏に誘い込まれての、
言う通りにせよと機関銃で脅されるという危機一発な事態に追い込まれ。
手ごわい虎の異能者との対峙となった場へ、
どうやってか駆けつけて、マフィアを追い払って助けてくれた太宰さんが言うことにゃ。
何でも マフィアは外つ国の組織に依頼され、
その身へ獣の特性を降ろす異能の持ち主を探しているらしいとのこと。
裏社会でもその噂でもちきりなのだそうで、その懸賞金額は何と70億だとか。
どこぞの公的な年度予算級の、若しくは結構大きい企業の元資ばりな金額に
おおおと探偵社の皆様も驚愕の声を上げたものの、
 
 『…あれ? でも…。』

不意打ちのように襲い来た襲撃や、
途轍もない威圧を帯びた大きな虎との対峙という緊迫状態のさなかから、
異能無効化である“人間失格”を繰り出してもらって助かったそのまま
緊張感が途切れ、意識を失ってしまった芥川には、
太宰がどうやってその情報を得たのかは判らないのだが、

 『その身へ獣の特性を降ろす異能…?』

あれれ?と 攫われかかった本人も怪訝に感じたのが、
自身との対峙と相なった、あの黒づくめだったけど白い青年自身も、
途轍もない圧をもつ獣の異能者ではなかったか?という点で。
まだ制御もままならない自分よりも あの青年の異能の方が
いかにも重厚で威容を帯び、誰かに望まれそうなそれだった気がするけどなぁなんて。
それは素直にそんな感慨を覚えつつ出社した探偵社には太宰の姿はなく。
どうかしたのでしょうかと問えば、
どうせサボりだろうさ、怠け者だからなという声が返って来。
だがだが、今朝がた銀が煮物のお裾分けがてら “兄を助けてくださって”と部屋前までお礼を言いに行ったが
ドアの向こうからの返事はなかったとのことで。
ではどこかの川か、いやいや土の中かも、留置場かもしれぬととんでもない見解が続出。
何だ何だどういうお人なんだと、あらためて目を見張っておれば、

 「警戒はした方がいいな。」

棒付きの飴を舐めつつ、
名探偵さんがちょいと神妙な顔をして新人くんをまっすぐ見据える。
それは頭の切れる人だというのは聞いていたし、
その真摯さと青年をこそ見やる視線から、太宰の行方の話ではないようで。
はい?とちょこっと小首をかしげて芥川が見つめ返せば、
うんと頷き、

 「ポートマフィアの情報量は途轍もない。
  君がウチに籍を置いたのは偶然の結果だのに、もう突き止めているほどだからね。」

そうと紡ぐ彼なので、やはり先日の略取騒ぎの話であるようで。

 「君を擂鉢街時代から知っているということもあり得るけれど、
  街中で掻っ攫うんじゃあなく
  わざわざウチへ乗り込んで来る格好の罠を仕立ててっていう
  確実な囲い込みを仕掛けて来たなんて尋常じゃあない。」

人海戦術もお手の物な組織なのに、
それをやっちゃうと“マフィアに不穏な狙いあり”とかいう情報が洩れると恐れたのかな。
でも実際は、そんなことを仕掛けた結果として
君が狙われている現状は明らかになってしまっている。
…と、やや疑問が残るような言い回しをし、

 「その延長になる話として、
  太宰が言うには、君には裏社会で随分な懸賞金が掛けられているそうだしね。」
 「…はい?」

情報収集なら彼もまたお手の物であるらしい、包帯巻き巻きの教育係さん。
おそらくこの名探偵には隠し事をしても無駄だと思ったか、
先日の騒ぎの顛末を 社長と彼には詳細込みで報告していたらしく。

 「乱歩さん?」

彼も聞いてはなかったか、国木田がそれって何の話ですかと訊き返し、
同坐していた賢治くんも素直に注視してきたのを見回すと、

 「なに、芥川くんには70億っていう懸賞金が掛かってるらしいって……。」
 「はいぃい?」

法外な金額へ素っ頓狂な声を上げたところへ表からのドアが開く。
今日はさしたる依頼もなくて、
調査員らは先日の騒動の話を取り沙汰するほどには手も空いていたのだが、

 「谷崎さん、おはようございます。」
 「ああ おはよう、賢治くん。」

今日は妹さんは学校なのだろう、一人出社してきた赤毛の青年。
だが、少々…随分と力ない様子であり。
賢治くんのお行儀のいいご挨拶に一応のお返事こそ返したものの、
糸でうなじ辺りを吊られた操り人形のような力のなさなのが、居合わせた芥川にも怪訝な様子に映った。

 「??」

剽軽というほどではないけれど、
人に案じさせるような態度は取らない気遣いの人なのになと思っておれば、
ただ、国木田にはそうは見えなかったか、
いやさ心当たりがあったのだろう、ちょっぴり渋面を作ってこう訊いた。

 「そういえば昨日襲撃されたと言っていたな。」
 「はい。」

え?と、ギョッとする黒獣の青年の反応を片頬で受け止めつつ、

 「で? 今回は何度解体されたんだ?」
 「…4回です。」

 「………は?」

襲撃を受けたという谷崎。
そう言えば昨日はそれぞれで別件への訊き込みに行ったため、
今の今まで姿を見なかった芥川だったが、
そんなたいそうな事態にあってたらしいのに、今朝の社内は特に騒然としてはなかったし
賢治くんが暢気なご挨拶を差し向けたくらいだったりもし。
しかも、

 「解体って何ですか?」

さすがにどこか神妙な貌をする先達たちだが、
谷崎自身が自前の足で出社したくらいで、どのくらいの緊急事態だったのかが全く見えない。
怪我を負って担ぎ込まれた彼だったというには、気落ちしてこそいるもののどこにも負傷の気配はなさそうで。
まま、だからこそ右往左往するような騒ぎようではない彼らなのだろうけれど、
何だ何だと、理解不能な会話に怪訝そうに眉を寄せる新人さんへ、
眼鏡のブリッジを押さえて短くため息をついたのが国木田であり。

 「良いか、芥川。
  ウチにはそれは腕のいい専属の医師がいる。
  ただし、大したことない、若しくは普通の医師でも対処できるレベルの負傷な場合は
  大騒ぎしたり申告しないのが身のためだ。」

 「はい?」

ますますもって意味が分からぬという顔をする彼へ、
デスクの列の向こう側から、名探偵がいかにも鹿爪らしく言い足したのが、

 「ウチの社員たるもの、危機察知能力ってのを研ぎ澄ます必要があるってことさ。」

え?え?それってどういう意味かと、
意味不明状態が幾重にも重なってしまい焦りかかって問い返そうとした其処へ、
今度は横合いの壁にあったドアが開き、どこか気怠そうに出てきた人がいる。
生欠伸をしつつ “寝すぎたようだ”と呟いたその人こそ、この探偵社の専属医の与謝野であり。

 「買い出しの荷物持ちを誰かに頼もうと思ったんだけど、あんたしかいないようだね。」
 「え? あれ?」

彼女の言い回しに周囲を見回せば、
ほんの先程まで輪を作って歓談していたはずの諸先輩方が音もなく消えており。
立ち去る気配さえなかったとんでもなさに、

 『ウチの社員たるもの、危機察知能力ってのを研ぎ澄ます必要があるってことさ。』

え? まさか、あの調査員としての心得って、
お買い物のお供という難儀をも予測せよって意味だったのかなぁと。
まだまだ振り回されている、レベル一級の探偵社員さんだったようでございます。



     ◇◇


ご婦人の買い物は…という通説も知らぬ身だった、貧民街出身の芥川。
百貨店を巡り、様々なお買い物にと伸し歩く女医せんせえの供として、
大量の荷を一手に抱える羽目となり。
ひょろりとした体躯からお察しなほど体力腕力もさしてない方だったが、
こっそりと異能を腕へとまとわせて、重い荷物も何とか抱えられたので良しとして。
ああ、長袖に裾長の外套を頂いてて助かったなと思ったところへ、
荷の嵩で前方が見えなんだこちらへ
そちらは携帯端末で喋りながらの歩行だった偉そうな壮年がぶつかって来たというアクシデントもあったれど。
舶来のスーツが汚れたと喚き散らし、後輩が失態をと詫びた与謝野へも いきなり足蹴にするなんていう乱暴を働き、
女のくせにと せいぜいたかがお茶くみ辺りだろうと決めつけるような、見下すような言いようをしたものだから、

 『おや、あんた腕が2本もあるじゃないか。邪魔ならアタシが切ってやろうかい?』

女の分際でと意味の分からぬ罵倒を放ったことで女医せんせえの地雷を踏んだ居丈高男。
地獄の底からどんな下僕でも呼んじゃうよと言わんばかりの冷え冷えした脅し文句と、
破落戸でも押さえ込んで治療をこなすのだろう頼もしき実績を思わす威容に呑まれ、
今度は自分から尻餅ついて怯え竦んだ姿を衆目へさらす羽目に陥っており。
彼女の異能がどういう種のものなのか まだよくは知らないものの、
そんなものは要らぬほどの頼もしき人となりへ、
ああこれは確かに逆らってはいけない人だなとの認識も新たにした黒獣の青年だったりする。

 そんな道中の終盤。

帰途に着こうかと乗り込んだ地下鉄は、それへと予定して乗ったものではなかったというに、
何とも不吉な事態が彼らの身へと襲い来る。

 【あ、あ〜。こちら車掌室。誠に勝手ながら只今よりささやかな物理学実験を行います。】

何の冗談かと思わせるほどにふざけたアナウンスが車内に流れ、
いかにも小難しそうなお題目を並べたそのまま、
被験者は乗客だと勝手なことを言ったすぐ後に、別の車両からの鈍い爆発音がした。
こちらの車体が揺れたのは爆発のせいか、それとも爆風の余燼か、
遠い悲鳴や喚声が聞こえて来、他の乗客らもざわつきながら連れと身を寄せ合っており、
そんな不安を煽るよに、

 【次はこんなものじゃあない。
  何しろ月へ吹っ飛べるくらいの爆発物を先頭と最後尾に仕掛けているからね。】

これはどうやら“地下鉄ジャック”とかいう騒動に巻き込まれたものかと、
周囲を厳しい表情で見まわした与謝野と芥川であったが、

 【被験者代表の芥川くん。君が首を差し出さないと乗客全員が天国へ旅立っちゃうよ?】

続いたふざけたアナウンスにより、相手の狙いはまたもや自分だと知る。
ということは、ポートマフィアが懲りずに放った第二の刺客だということか。
他の賞金稼ぎの仕業という可能性もなくはないが仕掛けが大掛かりすぎるし、
死体でもいいならともかく、素直に投降しろと呼び掛けているところが先日の襲撃と似ている。
つまりは生け捕りでないと意味がないらしく、
それを聞いた与謝野は意気揚々と立ち上がっており。

 「さすが、執念深いねぇ。マフィアってのは。」

にんまりと笑って芥川の方を振り返ると、
黒い手袋に包まれた手をこちらへ向け、親指と小指を折って残った指でWを示して見せた。

 「いいかい? この状況を打破する策は3つある。」

1つはあんたが素直に首を差し出すこと、2つ目は乗客全員で疾走中の列車から飛び降りること。
どっちも冗談じゃないねぇと嘲笑ったせんせえは、そのまま手をぐっと握りしめると、

 「連中をぶっ飛ばす。これしかないだろう?」

何せアタシらは武装探偵社だからねぇとにんまり笑い、
その雄々しい笑みへ芥川も是と強くうなずいた。
とりあえず、爆弾を解除しようじゃないかと話を付けて、
アタシは先頭車両を見て来るからあんたは最後尾に向かえと手分けをし、
浮足立った乗客らが駆け出す流れを逆走するよに、それぞれ危険地帯へと向かう二人だった。






to be continued.(20.07.28.〜)


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 *原作とかぶる展開はサササッと流させていただいとります。
  アニメ版しか知らないので、尚のこと言い回しとか大分違うことでしょうね、すみません。
  それにつけても、探偵社の芥川くんというのもなかなかに手ごわい。
  執着とか恩讐とか持たないとどういう人になるのかなぁ?